明治39年に星一(ほしはじめ/SF作家星新一の実父)が創業した「星製薬所」は、湿布薬イヒチオールの販売で順調に発展、明治44年に「星製薬株式会社」となる。その後、ホシの赤缶として親しまれたホシ胃腸薬をはじめとする100種類以上の家庭薬を製造、星製薬の販売網は日本全国に広がった。
相次いで、日本で最初のワクチン開発、キニーネやモルヒネ等のアルカロイドの国産化にも成功、大正期には品川の地に最新鋭の設備をもつ本社工場を構え東洋一の製薬会社と称される。
星一は、薬局の子弟や従業員の薬学教育にも力を注ぎ、大正10年に設立した星製薬商業学校は星薬学専門学校へと規模を拡大し、後の星薬科大学の母体となる。(現在も、当社現社長大谷卓男が創設の志を継ぎ、星薬科大学の理事長を務める。)
やがて第二次世界大戦後、星一の急逝等でその規模の縮小を余儀なくされた星製薬を、大谷米太郎(ホテルニューオータニ創業者)が救済し事業を存続させる。
昭和45年、当時社長の大谷孝吉がクマ笹エキスの研究に着手、星薬科大学とクマ笹エキスの共同研究体制を構築する。クマ笹の「薬理学的作用」および「免疫学的作用」をテーマに研究を進め、クマ笹多糖体の機能性とそれを有効利用するための独自の熱加水分解抽出法を確立する。
近年、抗インフルエンザウイルス作用については、動物レベルで画期的な有効性を確認しており、発表に向けてデータを積み上げている。平成21年3月の日本薬学会では免疫学的研究の成果を発表、また星薬科大学と共同でクマ笹のDNAによる分類法を確立し「ササ属植物の固定法」の特許を取得するなど、パイオニアとしてクマ笹に関する研究を牽引している。
現在、星製薬では創業以来の「ホシ赤缶」「クマ笹エキス製品」に加え「健康食品」「化粧品」の製造販売及び製品企画、素材原料の供給を行っている。平成20年、XECTOLIN(ゼクトリン)ブランドを中心に、海外市場への展開を開始する。